indexページに戻る
新聞記事
『なぜ冤罪事件は繰り返えされるのか』平沢武彦
週刊法律新聞2009年9月18日号「論壇」より

 
 


平沢貞通「シクラメン」(昭和3年作)の前で語る平沢武彦

『なぜ冤罪事件は繰り返えされるのか』

週刊法律新聞2009年9月18日号「論壇」(週刊法律新聞社)より

帝銀事件再審請求人 平沢武彦


【忘れ去ってしまう現実】
 帝銀事件が起きてから62年となる。この事件は、戦後の冤罪の原点的構造を持つ裁判であり、旧刑事訴訟法の最後の事例である。
 旧刑訴では、自白を証拠の女王としていたが、判決は、決め手になる物証もなく、平沢の支離滅裂な自白調書と状況証拠のみを証拠として採用した。
 そして、警察発表と噂話をもとにした不確かな記事を新聞は連日報道し、ある新聞記者は「新聞による裁判」と自戒をこめて記した人もいる。
 それから長い歳月が経過したが、足利事件をはじめ、冤罪はあとをたたない。多くの事件が、自白を中心とし、警察リークの報道がなされるなか、今も、冤罪が生み出されつづけている。
 昭和五十年代、免田事件、財田川事件、島田事件、松山事件と死刑確定囚の再審による無罪があいついだ。
 しかし、司法当局の古い体質はそのままで、再審法の改正も行われず、誤れる自白を生み出す代用監獄法もそのままで、犯罪報道の無責任なありかたは何も変わっていない。
 欧米では、一つの冤罪事件を契機に、法制度を変え、死刑を廃止するなど、教訓をもとに、そのような過ちを二度とくりかえさないという変革が数多くなされてきた。
 日本は、冤罪判決が出たときだけはマスコミは騒ぐが、しかし、しばらくたつと、まるで健忘症のように、司法も報道関係者も、国民も、何もなかったように忘れ去ってしまう。
 それは何故であろうか。日本に民主主義というものが、社会も国民の意識の中に根づいていないことを物語っているようにしか思えない。
【改革できない要因検討も】
 これまで数えられないほどの冤罪事件が起きているのに、何も変わらない原因は、何であろうか。
 それをあらわす象徴的な発言がある。八海事件で無罪を勝ち取ったあと、正木ひろし弁護士が、
「これは一つの冤罪が無罪になったにすぎない。終わりだということではない。これを生み出した司法制度を変革し、そして、そのような冤罪を生み出す裁判官たちを全て辞めさせるというところまで行かなければ、私たちが勝利したとはいえない」
 そう言いきった、正木弁護士の熱く怒りにみちた姿を忘れることはできない。
 足利事件の再審も、何故、冤罪事件が起きたのか、その原因を徹底的に追究し、問題点を明らかにしなければ、何も意味はない。当初、裁判所は冷ややかな態度であったが、弁護団による執拗な闘いが進められている。
 私たち「救う会」や数々の冤罪事件の活動をしている者も、かかえている事件の新証拠を見出すことにとどまらず、何故、日本の司法のあり方を変えることができなかったかを、その要因と、なすべき対策を本格的に検討していかなければならない。
【民主主義・人権確立の闘い】
 そんな司法の現状をふまえ、あらためて帝銀事件のかかえている問題を提起しようと、森川哲郎著「秘録帝銀事件」(祥伝社文庫)を刊行、森川が亡くなった後に判明した新事実については、私が記した。
 私が、一つの不正をどのように長くかかっても闘おうと、平沢貞通と養子縁組をしてから27年がすぎた。
 司法・法務当局は、当初は平沢の死刑執行をしようと企てていたが、問題を曖昧なまま葬り去ろうと、獄死することを待ちのぞんだ。
 しかし、平沢貞通は95歳まで生きつづけた。そして、養子縁組がなされ、今日まで再審請求がなされるとは思ってもいなかっただろう。
 私たちの闘いは、民主主義というものが根づき、真に人権が確立された社会を生み出す日までは終わることはない。

平沢貞通氏を救う会
e-mail :
teigin-case@gasho.net